江戸城大奥のお盆
13代将軍正室のお付き女中であった大岡ませ子の述懐によると、
大奥では、盆帷子(かたびら)と申しまして、この時は衣服一切新しく誂えます。
又、正月初出番の時にも、冬着一切を新調するのです。
この両度,上臈付きでない中臈は花笄(こうがい)を挿します。
御中臈は出番の時に花笄を挿しますが、御中臈でない奉公人は挿しません。
11日を生御霊(いきみたま)といいます。
片親のものは13日に下から上まで新しいものと着替えます。
両親有る者は、14日に着替え、この日は酒肴が下されます。
髪も御台所の髪を結っている人が結ってくれます。
そして、新御殿に上がりました。
両親の無いものは16日になって着替えます。
それを閻魔帷子と呼びました。
又、親の無いものは13日から16日まで洗濯をしないというのも
ありました。
上﨟とは、京から正室に迎えられた姫のお付きの御女中で
格式は非常に高かったが、実権を全く持って無かった。
精霊棚の飾りつけは宮様(和宮)は有りません。
旦那様(13代将軍の正室)は、お清の間(仏間)に飾りました。
真菰は無かったように思えます。
盆燈籠は大概付けたようでした。
長局の二階に住まいのものは火が無い為付けられませんので
盆灯籠は付けられません。
大奥では、お団子の事を御本丸言葉で
「おいしいし」といいます。
洒落て謂った言葉です。
月見団子は、両月見(八月、九月)とも、餡の付いたものはない。
ヨゴレ月といって、後の月見に銘々の家で餡の団子を作りましたが
それは、下々の話です。
餡の付いたのは、嘉祥の小豆餅ですが、
これは餅で団子ではありません。
8月は秋の7,8,9月の真ん中なので中秋です。
15日の月見は収穫を感謝する行事です。
8月15日は里芋を、9月15日は豆を供えて食べるので、それぞれ、
芋名月、豆名月と呼ばれた。
家庭や商家では、15個の団子を供え、又、一人分15個の団子を
家族や奉公人にあげます。
形は関東では丸く、関西では少し尖がったような里芋に似た形です。
この団子は、形や大きさから鉄砲玉と呼ばれ、川柳では、
「大家から 鉄砲玉が 飛んでくる」と謳われ、
この句は、大家が店子に団子を配っている風景を詠んだものです
この元になってるものは、長屋の便所からくみ出して農家から大家が受け取ってる糞尿の汲取り代です。
この日の御台所のメニューとして、御月見に付。
御めし
御だんご 御里芋
御味噌 御だんご
御吸物
銀御かんなべ
御松立
御したみ
と、ある。



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